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学問の自由




この学問の自由は、憲法の23条に規定されています。この条文は、憲法の規定の中 で一番覚えやすい条文であると言われています。

覚えやすい理由としては、条文が短いということも、もちろんその大きな理由なので すが、もっとも大きな理由は5−7−5で成り立っているという点です。

がくもんの
じゆうはこれを
ほしょうする

ね、覚えやすいでしょ?


余談はさておきまして、本題に入っていきたいと思います。

このように憲法がわざわざ学問の自由を規定しているのは、学問というものは歴史上 政府と対立することが多かったことによります。

例えば、その時の政府を攻撃するような論文を発表しようとすると、政府の方から圧 力がかかったり、時には監獄に入れられたりした時代もありました。

ですから、このようなことのないように、わざわざ憲法で学問の自由が規定されてい るのです。

さて、学問の自由というのは、学問することが自由なわけです。法律を研究したり、 歴史を研究したり、物理学を研究したりと、その学問研究の内容には事欠きません。

さらに、ここでちょっと考えてみましょう。学問研究することは自由です。ですから、 何を学問しても自由です。もちろん、倫理上など限界はありますが。でも、自由に学問研究をしたとしても、 それを発表できなければ、意味がありません。机の中にしまっておかなければならなくなります。

それでは、学問の自由を認めた意味がありません。

そこで、学問の自由には、学問研究の発表の自由も含まれています。 世の中に自由に発表していいですよ、ということです。

さらには、教授の自由も含まれています。教授の自由というのは、例えば大学の先生が、 学生に教えることです。自分の研究成果を、学生に教えることは自由ですよ、ということです。

このように学問の自由には、「学問研究の自由」「学問研究の発表の自由」「教授の自由」が 含まれていることになります。


このような内容を有する学問の自由ですが、この学問の自由については以下の点が とりわけよく出題されています。


まず、教授の自由についてですが、これを大学の教授が有している点については、 争いがありません。問題となるのは、下級教育機関(つまり小中高)の教師にも認められるかです。 なお、下等教育機関の教師の場合には、教育の自由と言ったりしています。

それで、結論としては、これは認められるとされています。

ただし、気をつけなくてはいけないのは、大学の教授と下級教育機関の教師とでは、 認められる範囲が全く異なるということです。さらに、下級教育機関でも、 小学校の教師と高校の教師では範囲が異なります。もちろん、高校の教師のほうが広いです。

これはなぜでしょうか。

まず一つには、教師の教育の自由を大学の教授と同様に広範に認めてしまうと、 児童・生徒に知識などに偏りが出てしまいかねず、中正な教育を達成することができないことが 理由として挙げられます。教師には、憲法の価値原理によることが要請されているので、 それに沿った教育がなされることが期待されていると言えます。

さらに、児童・生徒の判断能力・批判能力の欠如が挙げられます。児童・生徒の場合には、 大学生と異なり、いまだ発達途上にあり、判断能力等が未熟です。誤解を恐れず言えば、 善悪の判断などもつきにくいかもしれません。そうすると、教師に広範な教育の自由を認めると、 間違った判断をする人間が形成されかねません。

また、子供としても学校や教師を選ぶ余地がほとんどないことも理由として挙げられています。

このような理由により、下等教育機関の教師にも、教育の自由は認められるものの、その範囲は大学教授と異なり、 大幅に制約されているのです。


参考
最判昭51.5.21(旭川学力テスト事件)
「普通教育の場においても、一定の範囲における教授の自由が保障されるべきことを肯定できないではない」


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